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「日本語の年輪」大野晋より

「なまめかしい」

「『なま』という言葉は、(中略)その状態や動作が、未熟である。まだ何となくいい加減である、はっきりしないということを表わす言葉であった。」

「『めかし』というのは、『・・・・らしい』とか、『・・・・のように見える』という意味で、これは、『物がそのもの本来の様子に見える』ということと、『ほんものではないがほんもののように見える』ということの、二つの意味を持っている。」

「この『なま』と『めかし』が結合して『なまめかし』が作られた。だから『なまめかし』は、そのもともとの意味をいえば、未熟めいている、未熟らしいのである。その実は決して未熟ではなく、心しらいにおいても、表現においても、実現された美しさにおいても、十分の心づかいがされているが、しかも未熟のように見える。さりげなく、何でもないように見える。それが『なまめかし』であった。」

「『源氏物語』で、男と女とが『なまめきかはす』と書いてある。これもその起源をいえば、大いに気持ちがありながら、何でもないようにお互いにやりとりを重ねるという意味である。そして、そのお互いの気持ちは、決して何でもないことではないと、見ている者には十分によく見える。このとき、『なまめきかはす』という表現が使われた」

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  言葉は、随分変化しているのだと、感じさせられますね。現在、なまめかしいといえば、ちょっと色っぽい世界を想起させますけれど、当時は、「何でもないようでいて、しかも人をひきつける見事さのあるもの」だったそうです。思い切って例えるなら、今の使い方が西洋的で、昔の使い方が日本的とでもいえませんかね。

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