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司馬遼太郎「ある運命について」より

「正義という多分に剣と血のにおいのする自己貫徹的精神は、善とか善人とべつの世界に属している。筆者などは善人になれなくてもできるだけ無害な存在として生きたいとねがっているが、正義という電球が脳の中に輝いてしまった人間は、極端に殉教者になるか、極端に加害者にならざるをえない。正義の反対概念は邪義であり、邪義を斃(たお)さないかぎりは、自己の正義が成立しようもないからである」(司馬遼太郎)

19636236 

正義というと、私は良い言葉にしか捉えてませんでしたが、なるほど作家のおっしゃるように、妄信に近い概念なのですね。新撰組がそれにあたる気がします。当人たちは、正義の御旗の下に尊王攘夷分子を斬ったのでしょうが、どこか今の私たちには、違和感があります。そんな時代があったからこそ、今の日本があるのでしょうか。新しい時代は、命を失ってこそ得るものなのでしょうか。ときどき、分からなくなります。

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