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亀井勝一郎の言葉

亀井勝一郎の「愛の無常について」より

「世のいわゆる大人は、必ず自己の体験に優越感をもっています。しかし体験とは何か。この世に順応して行くかぎり、誰しも体験はもつが、それはきわめて狭い範囲の、受動的な蓄積物にすぎず、そのかぎりでは動物的なものにすぎませぬ。この体験に思索を加え、その意味をさぐり、形成し、変様することによって、はじめて人間的体験というものが成立するのです。この力がなければ、大人とは単に傲慢な子供にすぎますまい。」(亀井勝一郎)

一体いくつから大人というのでしょうか。私たちは知らぬ間に年齢を重ね、大人と呼ばれる時を迎えます。しかし、それは外見だけのことが多くないでしょうか。現在のニュースを見てもそうですね。亀井氏が仰るように経営者は自己の体験に優越感を持っているとしか思えません。さまざまな会社の社長の謝罪会見。彼らの体験は、何も思索や探求がなされないまま、増長し、自分を高く見てしまったところに不幸があるのでしょう。私もそういう意味では、まだ子供だと思います。単に傲慢な子供である大人にならないよう努めましょう。

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