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安部公房「砂の女」より

「(前略)自分が何者であるかに、目覚めさせてやるだけでも、立派な創造じゃありませんか?」

「おかげで、新しい苦痛を味わうための、新しい感覚を、むりやり身につけさせられる」

(安部公房)

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自分が何者か?なんて知りたくもないですよね。しかし、芸術や哲学などの学問によって、そういった自己分析に目覚めることはあります。たしかに、それに目覚めさせた側は、創造でしょうけれど、自己分析は、すなわち、安部氏のおっしゃる、新しい苦痛ですから、困りものですね。自己分析はほどほどに。

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» 『デンドロカカリヤ』安部公房著 [Anonymous-source]
ある日突然現われた父親と名のる男が、奇怪な魚に生れ変り、それまで何の変哲も無かっ [続きを読む]

受信: 2007年12月 4日 (火) 11時49分

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